陽のあたる裏路地

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

パセリコーラは飲んでみたい『本と鍵の季節』米澤穂信

 

本と鍵の季節

本と鍵の季節

  • 作者:米澤 穂信
  • 発売日: 2018/12/14
  • メディア: 単行本
 

 

 かなり真っ当な青春ミステリである。ここには省エネ主義の男子も好奇心旺盛な豪農の娘も、小市民を夢見る人たちもいない。主人公の堀川と松倉はただの高校生で、人気のない図書室の単なる図書委員にすぎない。だが、米澤穂信の作品としてはそれが新鮮に感じる。
 『本と鍵の季節』の初作である「913」は2012年に小説すばるに掲載された。そのあと散発的に同雑誌に掲載され、書き下ろしを含めて2018年の終わりにようやく一冊の本としてまとめられる。

「913」                                 2012年1月号
「ロックオンロッカー」   2013年8月号
「金曜に彼は何をしたのか」 2014年11月号
「ない本」         2018年8月号

「昔話を聞かせておくれよ」 2018年9、10月号
「友よ知るなかれ」     書き下ろし


 「金曜に彼は何をしたか」から「ない本」まで4年も期間が空いているのが不思議な気がするが、この間に米澤穂信は『王とサーカス』や『いまさら翼と言われても』などの大作を発表しているので、そちらに手を取られていたのかもしれない。

 本作では暗号解読、アリバイの証明、「9マイルは遠すぎる」のオマージュなど、多種多様な日常の謎を堪能できる。ベストは「ない本」だろうか。有名な映画作品を連想させる場面も楽しいが、何より苦い結末が良い。 
 だが、最大の魅力は主人公二人の関係性にある。

 「友よ知るなかれ」のラスト、松倉に対しての、堀川の最後の言葉。友人でもない、単なる同じ図書委員だった相手へどうしても伝えたかった言葉がこうも感動的なのは、それまで二人が重ねてきた時間を読者が知っているからだ。
 先輩に頼まれて金庫の暗号を解いた。一緒に散髪に行った。後輩の無実を証明しようとした。積み重ねてきた時間が、堀川の言葉となって紡がれる。
 そう行った時間の流れと二人の友情の深まりを表現するには、長編よりも一つずつエピソードを重ねていくような連作短編の方が向いていると思うのだ。
 そしてそれは、連作短編の旨味を逃さず描き切った作者の勝利である。
 そして米澤穂信は、この連作短編というスタイルをさらに先鋭化させる。それは後に「Iの悲劇」という作品で結実することとなった。