『帰去来殺人事件』山田風太郎
新宿の商売女たちの堕胎などを手がける闇医者でありアル中。そんな山田風太郎の生み出したアクの強い名探偵、荊木歓喜を主人公とした短編8作が収録されている。
五十年代の作品なので仕方ないが、大袈裟で芝居がかった台詞回しなどが鼻につく。そこに目をつぶればなかなか楽しめる短編集で、とにかく謎の発生から解決までやたらとテンポが良いのでサクサク読める。
正直いって山田風太郎の物理トリックはあんまり印象に残らない。「西条家の通り魔」や「女狩」ではトリックの強引さが目立つし、さらにトリックのネタが被り気味の話まである。
代わりに秀逸なのは犯人の動機、ホワイダニットの部分。「西条家─」での母性に潜む悪鬼、「女狩」での犯人による運命への呪詛、「お女郎村」の謎を生む合理主義の生み出すひねくれた論理など。どれも奇抜で、かつ身につまされるような生々しさもある。高木彬光など仲間たちと手掛けた連作短編中の一編である「怪盗七面相」にいたっては、犯人の動機には意外性とともにこの連作短編への皮肉な遊び心まである。世界の本質をえぐりだす眼力があり、それをエンタメに昇華するアイデアがある。
この部分をさらに前面に押し出せば『夜よりほかに聴くものもなし』が生まれるのだろう。
そんな中で、表題作「帰去来殺人事件」は間違いなくベストの出来。
複雑なプロットに秀逸なアリバイトリック。そしてこれまでの作品を通して描かれてきた善と悪との曖昧な境界線が、名探偵と犯人の関係さえも侵食していく。そんな白黒で分けられない世界を体現した名探偵、荊木歓喜。
どう考えても荊木歓喜シリーズの総決算なのに、その後も平然とシリーズが続いていたというのもなんだかすごい。