なんだばしゃぁぁぁぁ『安達としまむら』(入間人間)
『安達としまむら』は入間人間が「『ゆ○○○』みたいなの書いて」という編集のあんまりな要望に応えて書いた、百合ライトノベルである。
現在では七巻まで発売されていて、このブログでも七巻の感想を書いたことがあったが、どうせなら一巻から感想を書こうと思って改めて本作を読み直した。
読み返してみると色々なことが新鮮に感じる。特に初期の安達の髪の色が黒色じゃなくて「目立たない程度の茶色」という設定だったのはちょっとした驚きだった。
あと、このころの安達の方がしまむらと自然にイチャつけていることに苦笑してしまう。しまむらの膝枕なんて、今(七巻のころ)ではとてもできないだろう。
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主人公は安達としまむら(苗字の『島村』から来たあだ名)という二人の女子高生。この二人は授業をサボりに行った体育館の二階で偶然出会い、そのままつるむようになった。
つるむといっても二人で教室で雑談したり、放課後に遊びに行ったりはしない。自分がサボりたくなったら体育館の二階に行って、そこにたまたま相手がいたらつるむだけの関係である。お互いに知っていることよりも知らないことの方が多いし、体育館の二階で会うのにも約束なんてしない。そういう「友だち」というにはあまりにも薄い間柄である。
それでもお互いにこの関係を気に入っている。
二人で膝を抱えて他愛もない話をしたり、体育の授業がないときにこっそりと卓球で遊んだり。
他の友だちとはできない、「安達としまむら」の間にだけできるゆるい空気を共有することが二人を結びつけている。
ところが、安達はしまむらへ友だち以上の好意を抱いてしまう。その時から、二人の関係は徐々にかわっていくことになる。
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物語はこの安達としまむら、それぞれの視点を各章ごとに行ったり来たりしながら進む。
登場人物はごく少ない。宇宙人なんてものも出てくるが、あくまで物語の主流は安達としまむらのラブコメである。
最初に読んだときは、しまむらの方から安達を好きになっていくのかなとか考えていて、安達の方からがっつりしまむらを好きになるとは思わなかった。しまむらとキスする夢まで見るくらいである。それまで他人とつるまない、授業はサボるといったクールなキャラと相当なギャップがある。
そんな安達が好きな女の子のためにぐるぐると悩む様子はおもしろい。ここらへんが「ラブコメ」の「コメディ」の部分となっている。
自分のしまむらへの好意がどういう種類のものかわからないまま、安達はしまむらにとっての「特別」になろうと、より強固な関係を築こうと行動する。休日に遊びに誘ったり、しまむらの家に行ってみたり、アプローチを重ねるが、そのやり方があまりに不器用で読んでいる方がハラハラする。
しまむらの家に行っては夢の中でキスしたことを思い出して赤面、走って逃げ出して自宅のベットでドフドフ悶えたり、休日にデートのつもりでしまむらを誘ったら、なぜか小さな女の子(自称宇宙人)までデートについてきて、終いにはその宇宙人としまむらを巡って張り合ったり、何かアクションを起こすたびに安達の苦悩は深まっていく。
しまむらの部屋で「なんだばしゃぁぁぁぁ」となるシーンもいいのだが、自分のお気に入りは初めて手をつなぐシーン。
急につながれた手を振りほどくこともできず、周りの視線を意識して落ち着かないまま、二人で街を歩く。
つないだ手から相手のかすかな脈拍を感じ、少し指を動かすと相手も同じように応える。そうやって相手のことを認識するたびに、次第に冷静さを失っていく。
手をつなぐという行動はキスとかに比べれば大したことがないようで、なぜか妙にエロく感じる。
脈拍がポイントなのかもしれない。相手の存在をより近く感じることになるから。
安達はしまむらに恋愛感情を抱いているわけではない(と本人は思っている)。ただしまむらが友だちを思い浮かべる時、一番に思い浮かべるのが自分であるような、そういったしまむらにとっての「特別」という、漠然としたものを求めている。
だが、どうすればその地位につけるのか。目標が漠然としているだけ、そこまでどのような過程を踏めばいいかもあいまいとしていて、迷いが生じる。
そもそも自分の気持ちを伝えたら、しまむらはどういう反応をするのか。もしかしたら関係自体が終わってしまうのではないかと怖がり、思い悩む安達。
それでも安達は足を止めず、一歩ずつ目標に向かって進んでいこうとする。これまで二人の間にあった、穏やかな空気を壊すとしても。
一方でしまむらも他人との関係に葛藤を持っている。しまむらは他人から好意を向けられるほど、相手に気を遣ってしまい、自分が摩耗していくような感覚を覚える。自身を「一人で生きるべき人間」だと称し、まわりから好意を向けられることに、どこか否定的なものを感じてしまう。
それでいて孤独のつらさを知っているため、人と出会うことを肯定的にとらえようとするし、安達と出会ったことも良いことだと思っている。そういった矛盾した感情を人付き合いに対して抱えている。
人と人との付き合いに正解はないし、その正しさを量れる基準のようなものもない。友情のような目に見えないものを維持しようとしたら、それなりのエネルギーも気遣いも必要になるだろう。生きるために必要ではあるが、漠然としていてとらえどころがない。そんなものに真っ当に取り組もうとしたら、しまむらの言うように自分をすり減らしてやっていく羽目になってしまう。
だが、しまむらは他人といい加減にむきあうことができないのだろう。
安達からの好意(それがどんな形であれ)を意識しながら、その好意と釣り合うだけの気力をしまむらは持てないでいる。
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不安定な関係しか結ぶことのできない二人だが、安達の祈りにも似た想いが、最後には些細な「宝物」を運んでくる。
それは形を保つことのできない、本当に儚いものでしかない。しかしそんなものがあるだけで、また人と向き合う気力にはなる。安達は前を向くことができる。
ー飛び込んで、泳ぎ回って、息継ぎをして。また、深く沈んで探しにいく
他人と向き合うことはめんどくさいし、うっとうしいこともある。それでもラストの一文を読み終えたとき、全ての否定的なものを浄化するような、清々しさがあった。