安達としまむら アニメ特典小説(3)『ムラ』
※ネタバレありの記事です。
この特典小説、それぞれクオリティが高いが、特にこの3巻はファンには是非読んでほしい。
もっといえば、安達としまむらのファンなら読まないと後悔するかもしれない。
というわけで、全4冊の特典小説の中でもっとも衝撃度が高い第3巻。
物語を簡単に要約すると、安達が真っ赤になりながらしまむらを泊まりの温泉旅行に誘うという内容である。
恋人同士が旅行して一緒に泊まるということは、つまりは「そういうの」だ。恋人として、いくところまで行くのである。
『やがて君になる』でも思ったが、まさか『安達としまむら』でそんな展開になるとは。そういう話題はもっとぼやかしておくのかと思っていた。
(ついでに「ちなみに、キスは少し前に済ませていた」なんてこともさらっと暴露されて、こちらにも衝撃を受ける。)
こんな一大事に、しかししまむらは動じない。
「うん、いいか。行こう」と安達の願いを軽く受け入れるしまむらはさすがだ。
「安達はわたしの裸をまた見たいんだなあ」と、相手が自分を好きなことを十分に理解している様もなんとなく頼もしいが、いざ旅館に着いて雰囲気作りに悩むと「面倒くさいし、取りあえずどっちも素っ裸になっちゃえば」なんて考えるのはどうかと思う。たしかにしまむらには風情がない。
温泉から上がったしまむらに、安達は暴走気味に愛情や様々な欲の混じり合ったものを真っ直ぐに、ものすごく真っ直ぐに伝える。足の付け根とか肘の裏とか、妙にマニアックなところが好きなのか、安達。
そんな安達の言葉を、しまむらはやわらかく受け止める。むしろこの激情を尊いものと見なす。
正確に届けることの難しい感情を明確に、ストレートに伝えてる安達に惹かれるのだ。
だからこれから触れる安達のことを、きっと、良いものだと思えるのだろう。
そして、しまむらは「安達とやりたいこと」を見つけたと、手を引いて連れ出す。そこで行われるのは──。
「変化球」
「十回に三回くらいしか曲がらないけどね」
ふたりの原点であり、この瞬間だけ高校生の頃と変わらない時間が流れる。
埃っぽい体育館の二階、卓球台、セミの声などを幻視しそうになる時間で、違っているのはふたりの間に渡る感情だけかもしれない。
「愛してるぜ」と、しまむらは思う
ふたりの出会いから今までの時間、積み重ねが表れているこの短い言葉を頭に浮かべる時、しまむらは熱を感じる。
まるでこれまで安達が抱いてきたものが移ったかのように。
さて、崩壊した世界をさまよう少女、チトは前巻でシマという女の子と出会った。
ヤシロによると、どうやらどの世界線でもチトとシマは出会うことになっているらしい。
そして用事が終わったと、ヤシロはチトたちのもとを去っていく。
町には巨大な穴に水が流れ込むことでできた滝があり、チトとシマはその水底を目指すことになる。
滝の底を見ること、それは些細なことにすぎない。チトはシマが水の中を泳いでいる姿を見たいだけだ。それで世界が救われるわけでも、生命をつなぐのに役に立つわけでもない。
ただ、出会いによって生まれた生の実感を大切にしようとする。
チトはシマのことを綺麗だと思う。それだけのことで目標もなく、ただ彷徨うだけだったチトの旅に、改めて行き先が生まれる。
絶望的な状況、それでもふたりで生きていこうとする意思。そしてこれをもたらしたのはヤシロだったのだが、ではヤシロの「しまむらさんとの約束」とは何だったのか。この二人を出会わすのが約束だったのか。この謎は4巻へ持ち越しとなる。
ところで 1巻の時はチト=しまむらの別の世界戦の姿? と思いこんでいたが、この巻でのヤシロと気心がしれている振る舞いから、どうもシマ=しまむらのようだ(というか『あだ「チト」「シマ」むら』ということに今更気づいた)。
ならばチト→安達であり、1〜2巻でのチトとヤシロのやり取りは安達とヤシロの旅という、原作ではまず見られないとても珍しいものだったわけで、それを踏まえて読み返すとより面白いかもしれない。