陽のあたる裏路地

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

『記憶の中の誘拐 赤い博物館』大山誠一郎

 

 

 シリーズ物だが、前作は未読。大山誠一郎の作品は初めて読む。
 まず気になるのはミステリ要素の充実に対して、物語の豊かさにはこだわっていないこと。
 つまり推理小説の「推理」の部分には手を尽くしているのに、「小説」の部分については無頓着な印象を受ける。
 外見から<雪女>と称される名探偵、緋色冴子のキャラクターにしても、助手との関係性にしても、ほとんど舞台装置と化している。ストーリーの構成もほぼワンパターンだ。
 もっと書き込んで膨らますこともできるだろうし、もう少し欲を出してほしいとも思うが、逆に言えばパズラーとしての魅力に自信があるということかもしれない。それに他の魅力を削ぎ落としてミステリとして純化しようとする様は、いっそ清々しい。
 ところがそういった姿勢が裏目に出ている作品も、本作にはいくつかある気がする。

 

「夕暮れの屋上で」
 高校の卒業式の日に、女子高生が屋上で殺害される。容疑者は被害者の「部活の先輩」である三人と推察されたが、事件は迷宮入りに。過去の謎に、緋色冴子が挑む。
 これは作者の仕掛けた罠に完全に引っかかった。真相から振り返ってみれば謎を解くための着眼点はシンプルだし、手がかりも意外と大胆に提示されていたのが心憎い。
 関係者の絶望をバッサリ切り捨てるようなラストが印象的。

 

「連火」
 東京で起こった八件の連続放火事件は、犯人が死亡者を一人も出そうとしない奇妙な事件だった。犯人らしき人物の「またあの人に会えなかった」という言葉には、どのような秘密があるのか。
 放火事件の奇妙な共通点から、名探偵が犯人の条件を絞り出していく手際が鮮やかで、消去法による推理にも納得できる。
 ただし、作品のキモであるホワイダニットに関しては早いうちにわかってしまうのではないだろうか(自分はすぐに気づいた)。
 というのも前述したように物語の部分に厚みがないので、作中のどの部分が手がかりになるか、途中でも見当をつけやすくなっているのだ。
 だから<意外な動機>を演出されても、その驚きが減退してしまっている。「あれが手がかりだったのか!」という感じが乏しい。
 手がかりをうまく紛れさせて隠蔽するために、もっと主人公たちの日常パートを書き込む必要があったのではないか・・・なんてことを思ったりする。

 

「死を十で割る」
 実は本書に興味を持った理由は、この短編が「連城三紀彦を彷彿させる」という感想をTwitterで見かけたからだったりする。というわけで期待して読み始めたのだが・・・。
 ネットでは高い評価のレビューも見かけるし、ラストで明らかにされる犯人の心理は面白い。しかし、よくよく考えると納得のいかない点もある。
 この短編のポイントとなるのは「なぜ犯人は死体をバラバラにしたか」という動機であり、ここに作者は異常なホワイダニットを演出して、そこにはたしかに連城を彷彿とさせる奇想がある。
 ただし、奇想を成立させるために名探偵(作者)は二つほどの仮定(補助線)を推理に取り入れるのだが、この仮定を裏付ける根拠がどれほどあるだろう。つまり、推理としての説得力が弱すぎるのだ。
 これもこの作品のスタイル(いろいろ削ぎ落としたパズラー)が、あまり良い効果を与えていないせいではないか。
 たとえば連城三紀彦なら作中の男女の情念を事細かに描いたり、華麗なる文章のレトリックを用い、さらに数々の伏線を巧みに張る。これらによって、詭弁すれすれの真相や動機でも読者を(時には無理やり)納得させた。そういった力がこの作品にはない。
 犯人の動機が異常で常識外れの分、そこを納得させる力が不可欠ではないか。
 さらに、「死を十で割る」では真相を見出すのは刑事であり、推理力の高さを保証された緋色冴子である。
 そんな名探偵が途中まで合理的に推理していたのに、最後には空想を基にした推理を事件の真実としてしまう。前半と後半の推理のギャップには、違和感が残る。
 だから自分はあまり評価できなかったが、ネットでの評判は良さげなんだよな・・・自分の目が曇っているだけなのかもしれない・・・なんて書くと、卑屈すぎるかもしれないが。

 

「孤独な容疑者」
 犯人側の視点から始まる倒叙ミステリなのだが・・・。
 作品の性質上、ストーリーについてあまり語ることができない。
 「長身の被害者になぜ踏み台が必要だったか?」という疑問から組み立てられるロジックも見所だが、なによりも中盤からの展開がこの作品のキモ。
 ある箇所で「おお?」と思わせたあと、読者の予想を外して思わぬ方向に連れて行かれる。
 ページ数が少ないことで、むしろ結末の切れ味が増している。

 

「記憶の中の誘拐」
 5歳の子どもが誘拐された事件は犯人が身代金を受け取らないまま、人質の返還と犯人の逃亡という結末を迎えてしまう。犯人の目的は何だったのか。
 解説で佳多山大地が触れているように、本作は連城三紀彦の初期短編を思い出させる。
 「なぜ犯人は身代金を受け取らずに、人質を解放したのか」をめぐる大胆なホワイダニット。不可解な状況だったのが、視点の角度を変えることによって異形の現実が目の前に現れ、ミステリの快感が味わえる
 また、些細な疑問点から構築される推理の妙と、短い枚数の中で丁寧に張られた伏線も楽しめる。今回の短編集の中で、ベストはこの作品か。
 
 総じて、個人的にはもう少しキャラクターの魅力などが前面に出ている作品の方が好きだ。だからこの作品には物足りなさを覚える。
 しかし短いストーリーの中で作者が達成しようとするミステリの志は高い。今回は少し微妙に感じる作品もあったが、ともあれ大山誠一郎、これから注目したい。