『繊細な真実』+他
『繊細な真実』ジョン・ル・カレ
さすがル・カレだけあって読ませる。秘密作戦、特殊部隊員との友情、陰謀を暴こうとする二人の男のサスペンス。高潔な女性は『ナイロビの蜂』を、また外務省の若き職員と老獪な師匠の関係はル・カレに強い影響を受けた高村薫の『神の火』を思い起こさせて興味深い。
と、いうわけで面白く読んだ。だが、物語が社会派サスペンスにたやすく収束してはいないか。「寒い国から帰ってきたスパイ」のようなミステリーとしてのダイナミズム、「パーフェクトスパイ」の野心はもう読めないのか。
ル・カレ84歳の作品。年齢を考えればよくやっている。しかし、どうしても物足りなさもある。
‥‥と思っていたら、この後にル・カレは『スパイたちの遺産』というかなりの意欲作を生み出すのだった。
『秋季限定栗きんとん事件』の続編。そうか、もう11年も経ったのか‥‥。
タイトルに「冬季限定」とついていないとおり、本作はシリーズの番外編的作品である。このシリーズを読むのは久しぶりだが、思ったよりも小鳩くんや小山内さんに茶目っ気があって、ユーモラスなミステリーだった。特に『紐育チーズケーキの謎』でカッコよく登場しようとする小山内さんには笑わされた。
本作では新キャラクター、古城秋桜が登場する。パティシエ見習いの中学生 で、明るくていい子。このキャラに引っ張られるように、物語自体が明るい印象になっている。
『花府シュークリームの謎』では、この古城秋桜のために小鳩くんたちは謎を解くことになるが、終盤の小山内さんの秋桜への言動には含みのない優しさが感じられ、ちょっと意外な気さえする。小山内さんってこんなキャラだっけ?
そのせいか、このシリーズ特有の毒っ気はかなり薄まっていて、物足りない人もいるかもしれない。
『スピリッツ・オブ・ジ・エア』アレックス・プロヤス
審美的な映像、寓話的な世界観、悪ノリにも見えてくる妹の扮装とエキセントリックな演技。自ら夢を終わらせた男の浮かべる、なんとも言えない表情は強烈だ。これからこの映画を思い出すときに、真っ先に頭に浮かぶのはあの表情だろう。
ところで、映画の公式サイトでは森見登美彦もコメントを寄せているが、何となく森見登美彦とこの作品にはどこか通じるものがあるように思う。
「自分の好きなものだけで世界を作ろう」という、作り手の強い意思。その個性の前で現実が変質している様が似ているのかもしれない。