日曜日には鼠を殺せ

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

幽霊は昼歩く『降霊』 (1999  黒沢清)

 

 

 郊外にある一軒家、そこにテレビの効果音技師、役所広司とその妻、風吹ジュンが暮らしていた。

 外から見れば何の変哲もない夫婦だが、他の家庭とは大きく違う点が一つだけあった。風吹ジュンは死んだ人間を自分の身に下ろす不思議な力を持っていたのだ。ある日も素性の知らない女性を自宅に招いて、死んだ恋人の例を自分の身に降霊させ、女性と会話して見せた。

 そんな並外れた能力を持った妻に対しても、夫は当たり前のように受け入れて暮らしていた。何かの記念日があればささやかな外食を楽しみ、それを幸福だと笑って日々を過ごす、平凡な二人。

 しかし、街で起こった少女誘拐事件に思わぬ形で関わった瞬間、夫婦の間に隠された感情がむき出しにされていく。 

 

 

『降霊』は1999年に製作された二時間ドラマである。監督は今も精力的に活動している黒沢清。多くの映画ファンから絶賛されている人だか、個人的には苦手意識がある。『クリーピー』も劇場までみに行ったが、「それで終わり?」と、あまり楽しめなかった。

 しかし、好きな作品もいくつかあって、『蛇の道』なんかは刺激的でおもしろかったし、もう一回みたいと思っている。今作の『降霊』も楽しめた。

 

 さすがは黒沢清監督だけあって、幽霊の出てくるシーンはどれも一工夫あって飽きることがない。

 ホラー映画によくある「急に幽霊がでてきてびっくり」という演出とは違い、恐怖がじっとりとまとわりついてくるような不気味さがある。

 しかも今回は主人公たちが幽霊に罪悪感を持っていることもあって、精神的に追い込まれる怖さも加わる。

 特に役所広司の職場のスタジオに現れる幽霊は怖い。幽霊といえば足がないとか、壁をすり抜けてくるというような固定観念がある。しかし黒沢清の幽霊はドアを開けて入ってくるし、ゆっくりと歩いて近づいてくるのだ。ステレオタイプを打ち破ってくる幽霊の姿には、生々しい迫力がある。

 

 本作はホラー描写だけではなく、ドラマの部分も優れている。

 たまたま誘拐事件の被害者である少女を保護した妻は、事件を利用して霊能力者としての自身の名声を高めようとする。そしてそれを止めようとする夫にこれまでの不満を一気にぶちまける。

 

—「何でもいいのよ別に。でも何かあると思ってたから一緒に暮らしていたのに」

−「わたし、ここで終わっちゃうの?二人一緒にくらしてきて、いつの間にか年取って。結局何もしないで終わっちゃうの?」

 

 この映画で一番怖いのはこのシーンかもしれない。

 夫は妻の言葉によって、これまでの結婚生活も、自分の人生もいっぺんに否定される。そのうえ自分の愛情が妻に何も与えることができていなかったことを知るのである。夫からすれば、これほど恐ろしい瞬間はないだろう。

 前半に平凡ながらも幸福そうに暮らしている二人のシーンが多かったため、この妻がブチ切れるシーンが強いインパクトをもたらす。家庭持ちの人なら、幽霊よりも想像しやすい分、こっちの方が怖いかもしれない。

 しかし、妻の「一度くらい、夢みさせてよ」という切実な言葉に、夫は警察を相手した、妻の無謀な狂言誘拐に協力することを決意する。

 

 ラスト、妻が握りしめていた髪飾りは、自身の罪の意識によるものなのか。それとも少女の霊の仕業なのか。

 どちらにせよ、全てが終わり、虚ろな表情を浮かべる役所広司の横顔が尾を引く、印象的な映画だった。

 

                  ◯

 

 本作はよくできたホラーでありサスペンスだが、ユーモアのあるシーンもある。といっても、作り手が意図してユーモラスにしたわけではないのかもしれないが。

 それは役所広司が家の中で亡霊と遭遇したあと、庭で椅子に座った自分のドッペルゲンガーを見つけるシーンである。

 無表情でこちらを見つめるドッペルゲンガーを、役所広司は問答無用でガソリンをかけて燃やしてしまう。椅子ごと豪快に火柱を上げる自分の幻。

 このシーンをみた時、少し戸惑ってしまった。女の子の幽霊に比べ、このドッペルゲンガーの登場は唐突すぎたし、またこのときに流れているホルンか何かの管楽器の音楽が異様なほどシュール。はっきりいって作中で浮いてしまっているのだ。

 そして初期黒沢作品の常連、哀川翔!これも何の前触れもなく、本当に突如登場してくるのだが、演じる役にまたびっくりさせられてしまう。あの役を哀川翔にやらせるのは、今のコワモテのイメージとのギャップがあまりにも激しい。

 たしかに自分のみたことのある作品でも、黒沢清哀川翔に様々な役をやらせてきた。『ニンゲン合格』での黒縁メガネの冴えない兄ちゃん役なんて、今のイメージでは考えられないだろう。

 白眉なのが前述した『蛇の道』で、娘を殺された男・香川照之の復讐に協力する謎の塾講師の役で、終始ポーカーフェイスで無機的な演技はピカ一だった。黒沢作品の中で、哀川翔が従来とは異なるイメージの役をやるのはよくあることなのかもしれないが、それでも今回は笑いをこらえることができなかった。ひょっとして黒沢清はギャグでやっているんだろうかと思うほどの似合わなさである。

 これらのシーンはもしかしたら、極めて真面目なシーンだったのかもしれないが、本作が全編にわたるシリアスな雰囲気になじまない、シュールなギャグに見えてしまうのである。