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日曜日には鼠を殺せ

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

宮本武蔵(1973 加藤泰)

加藤泰の『宮本武蔵』を観た。過去に東映の『宮本武蔵』五部作は観たことがあったが、あれに比べるといかにも加藤泰、というような映画だった。

 

 

 

 

稀代の剣豪、宮本武蔵を描くために、加藤泰はこれまでにもタッグを組んできた東映の足立伶二郎を擬斗に招き、さらには剣の達人を撮影現場に招き、「今、武蔵は斬られましたか?」と殺陣の一つ一つをチェックしたそうだ。そうしてできた殺陣はチャンバラの華麗さよりも、血なまぐさい殺し合いの色が濃いものとなった。

加藤泰は殺陣のを撮る時にバストショットを好んで使う。これによってカメラは戦闘の真っ只中にいるような臨場感を獲得している。

 

加藤泰は今作のテーマについて、剣で立身しようとする青年の葛藤だと語っている。これは吉川英治が理想の日本人、若者として宮本武蔵を創造したのに対し、いかにも加藤泰的なドラマツルギーがある。

こういう武蔵に高橋英樹はぴったり。ガタイのデカさ、お通に告白された時の困惑、斬り合い時の気迫。剣に悩んで沢庵に泣きついたり、弱さも見せる。

内田吐夢版『宮本武蔵』で武蔵を演じた中村錦之助は稀代の名演であった。しかし錦之助武蔵はあまりにも立派すぎた。比べて英樹の武蔵の方が親しみやすく、感情移入もしやすい。

特に対照的なのは巌流島の決闘を終えた後のシーンである。これまでの死闘を振り返る錦之介は無常感に腕を組み、目を閉じて船の赴くままに任せる。対して英樹の武蔵は船上で咽び泣いてしまう。こういう熱血、単純な武蔵に深みがないという人もいるかもしれないが、個人的には親しみを感じて結構好きだ。

 

一乗寺での決闘のシーンも、両者ではだいぶ趣が違う。内田吐夢版では武蔵は決闘の地に先回りし、相手がどういう布陣を敷くかを確認した上で、厄介な鉄砲を飛び道具で片付けてから斬り込んでいく。対して英樹は大勢の吉岡一門へ真っ向から殴りこみ、有無を言わせず敵を斬り倒して暴れまくる。戦術をしっかり練ってから戦いを挑む錦之助の方が兵法家・武蔵として正しいのだが、英樹武蔵の体力任せにしか見えない戦い方も、観ていて痛快で楽しい。

 

武蔵の他にも二人の女、お通と朱美も内田吐夢の『宮本武蔵』にはなかった、激しい情念を抱えた人間として描かれる。

特に武蔵が故郷の村の百姓たちに捕まり、木に吊るされてからの展開はすごい。沢庵和尚が武蔵を諭す前に、又八が自分と故郷を捨てたことを知ったお通(松坂慶子)が武蔵を助け出し、いっしょに村から逃げて欲しいとすがりつく。お通は体ごとぶつかっていくように武蔵と抱き合い、渋る武蔵に「わたしのことが嫌いか」と情念をぶつけていく。この激しさは内田吐夢版にはなかったもので、こういう女の描き方はいかにも加藤泰という気がする。演じる松坂慶子も可憐で美しい。

もう一人のヒロイン朱美(倍賞美津子)も、お通以上に情念に満ちた女として描かれる。朱美が関ヶ原で落ち武者の武具をかき集めていた時に武蔵と出会い、恋をする。吉岡清十郎に襲われた時は自身の貞操を守ろうと必死になって抵抗し、自分には心に決めた人がいるんだと叫ぶ。一度会っただけの武蔵になぜそれだけこだわるのかよくわからないが、関ヶ原で英樹と抱き合って隠れるシーン、武蔵と至近距離から見つめ合う、その一瞬だけで加藤泰は観客を納得させようとしているのだろうか。

後述するが加藤泰松坂慶子をあまり好んでおらず、今作でもお通よりも朱美の方に力を入れて撮っているように感じる(今作の一年前に撮った『人生劇場 青春・愛慾・残俠篇』から倍賞美津子は加藤組の常連となった)。

映画もお通ではなく、朱美で締められる。決闘が終わった巌流島の近く、又八(フランキー堺)と朱美は船でさっていく武蔵を遠くから見つめている。又八が武蔵から目をそらさないのに対し、明美は武蔵から顔を背け、又八との間にできた赤ん坊あやしている。しかし、その表情には恋した人がどこかへ行ってしまうことへのもの哀しさがうかがえる。

映画が武蔵やお通ではなく、無名で終わる又八夫婦の姿で終わるのは、これが加藤泰の主張したいテーマだからか。沢庵和尚は剣で名を馳せた武蔵ではなく、朱美とその子供と一緒に生きていくことを決意した又八こそ悟りが開けたと言う。剣は所詮人を殺すことしかできず、武士として生きて行こうとする武蔵には悟りを開くことは一生できない。要するに人のために生きる、愛のために生きることは尊いんだと、そういったちょっと恥ずかしいことを、加藤泰は映画の中で臆面もなく、真っ向から強く主張している。

 

最後に、今作にまつわるエピソードを一つ。松竹はお通役に松坂慶子を配役したが、これに加藤泰は難色を示した。代わりに加藤泰が推薦したのはなんと任田順好。「お通がどんな顔をしていたのか誰もわからない」「任田さん、美人じゃないですか」と猛プッシュしたそうだが、結局制作側を説得できず、お通役は松坂慶子、任田順好は武蔵を息子の仇だと付け狙う、お杉婆役に決まった。加藤泰の期待に応えたのか、任田順好は力演する。最後まで武蔵やお通に心を許さず、息子の仇を取ろうと暴れまくる老婆の姿はハマり役であったが、この人がお通を演じていたらどうなったのか、ちょっと怖いもの見たさで見てみたくもある。