陽のあたる裏路地

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

あれもうんめー、これもうんめー。『安達としまむら8』入間人間

 

安達としまむら8 (電撃文庫)

安達としまむら8 (電撃文庫)

 

 「近いうちに感想を書く」と宣言しておいて、一ヶ月以上経っているのはどういうことだろう。

 先日、『安達としまむら』の再コミカライズ化、そしてテレビアニメ化が発表された。第一巻が出たのが二〇一三年なので、アニメ化まで六年かかったということになる。
 昨今では百合というジャンルがちょっとしたブームとなっているらしい。雑誌で百合の特集が組まれたり、本屋に行けば百合をピックアップした棚が目につく。他にも『やがて君になる』もアニメ化、さらに舞台化までされ、入間人間の書く外伝小説も三巻の発売が発表された。今回のアニメ化もこのブームが背景にあるのだろう。
 で、アニメ化について自分がどう思っているかというと、嬉しい半面、少し心配している。派手な展開の乏しいこの作品が、はたして映像化に向いているのだろうか。
 たとえば『やがて君になる』はかなりうまくアニメ化されていた。しかし、あの作品の成功は原作のコマ割りや構図が元から映像的で、アニメ化に向いていたことが大きいように思える。対して小説であり、心理描写が持ち味である『安達としまむら』の魅力を、アニメで十分に表せられるのか。
 そういった意味で、電撃大王に連載されている袖原もけのコミカライズ版には期待している。マンガで『安達としまむら』の魅力が十分に表現することができるならば、アニメも期待できるのではないか。二話まで読んだところ、なかなかおもしろかった。アニメの続報も期待して待ちたい。

 さて、『安達としまむら』の待望の八巻である。
 前巻が発売されてから約二年半も時間が経っているのにも驚くが、さらに驚くのはこの新刊が大人になったしまむらたちの話から始まることだ。
 先の展開についてネタバレをくらったようで面食らうが、二十七歳になった二人はいっしょに住んでいて、まずまず幸せそうに暮らしている。
 高校生の頃から時間は流れ、人々も少しずつ変化している。変わらないのは宇宙人のヤシロだけだ。
 安達は少し穏やかな性格になり、ヤシロに餌付けできるまでになった(こんなことが前はできなかった)。また、今でもしまむらと日野のつながりが途絶えてないことを微かにうかがわせる描写もあり、それも嬉しい。
 失ったもの、新たに得たもの。しまむらはその両方を見据えて、前向きに生きている。
 そうして高校生の時、修学旅行で交わした約束を果たすため、安達と旅に出る。
 といったところで時間が巻き戻り、高校生の安達としまむらが、今まさに修学旅行に行こうとしている場面に移る。


 この巻では、これまでのように安達としまむらの視点を交互に行き来して進行するのではなく、ほとんどしまむらの視点から物語は語られる。
 ふたりでする初めての旅行。安達は「どうせならふたりきりで旅行したい」とごねるが、旅行の間、前巻以上に恋人らしいイベントがいっぱい起こる。
 修学旅行の間は当然、他の生徒とも一緒に活動しなければならない。そのため今までみたいにふたりだけの世界で出来事が完結しない。
 部屋の中で手をつないでいることをクラスメイトに見られてしまう。女同士で付き合うことで、周りから浮いてしまうことを意識せざるを得ない。
 安達と付き合うことによって、しまむらにとって今までの当たり前が壊れ、熱く新しいものが生まれていく。

 特に大浴場の場面はやばい。ふたりの関係が「仲の良い友達」という範疇に収まらず、「恋人」であるということをしまむらは嫌でも意識させられる。これまでで一番やばいかもしれない。
 他にもバスで寝顔を撮影したり、布団の中で手を繋いだまま眠るなど、恋人っぽさは歴代最高潮だ。
 そうして修学旅行をそれなりに楽しんでいるうちに、しまむらにとって大きな転機がやってくる。


 しまむらは六巻で、安達の告白を受け入れて恋人となった。しかし、その告白の受け方受け方はどこか消極的で「まあ、いいか」という気軽さが感じられた。 
 ところが修学旅行の最中、ある出来事によってしまむらは自分にとって安達がどんな存在なのか、初めて気づく(そのきっかけが、過去に登場したことのある意外なキャラというのが面白い)。

 思い返せば一巻の頃、しまむらは人間関係について複雑な思いを抱いていた。他人といっしょにいることよりも一人でいることを好みながら、一方で誰かとの間で生まれるものが自分にとって大切だと認識している。
 人付き合いを磨耗と称しながら、その重要さも認めている。こういうアンビバレンスなキャラクターがしまむらだった。
 しかし、この巻のしまむらはそういった葛藤を感じさせない。たしかに安達のまっすぐな愛情表現にめんどくさいものを感じながら、それさえも安達の個性として受け入れる。
 人間関係に後ろ向きなものを感じていた女の子が、自分を好きだと言ってくれる子を今までなかったほど強く肯定する。自分にとって安達は必要だと認識する。同性と付き合うことのあれこれを、軽々と飛び越えてみせる。
 旅の終わりに、しまむらは「安達とどこまでいけるか」と考え、さらにそれを知りたいと願う。
 この瞬間、長く続いた安達の一人相撲は終りを告げる。ふたりの間にひかれた歪な線はなだらかになり、猪突猛進に突っ走る安達に、しまむらは自分なりの方法でついに追いつく。
 そして安達は、かつて望んだように「しまむらにとって特別な存在」になることができたのだ。

 八巻まできて、ようやく安達の願いは叶えられた。
 あとがきからも、シリーズも終わりが近いことが感じられる。
 そのためにはまだやり残したことがある。
 安達はしまむらのことを「なにかを終わらせるということを、どこか避けている」と称し、そして自分はしまむらの終わりを見届けたいと望む。
 かつて安達と祭りに行き、樽見の誘いを断ったことでしまむらは図らずとも大きな選択をしてしまった。
 その選択がどういう結果につながるのか。次巻でたしかめることになるかもしれない。
 とりあえず、次巻はできるだけ期間を開けずに出て欲しい。