陽のあたる裏路地

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

『日本侠客伝 昇り龍』山下耕作(1970/東映)  

 

 

日本侠客伝 昇り龍

日本侠客伝 昇り龍

 

 

 火野葦平の『花と竜』を原作にした、「日本侠客伝」シリーズの第七作目。ちなみにこのシリーズ、前作でも同じ『花と竜』を原作に『日本侠客伝 花と龍』が制作されていて、しかも主演も同じく高倉健藤純子だ。あからさまな二匹目のドジョウ狙いだが、それでも監督をマキノ雅弘からバトンタッチした山下耕作はかなりの力作をものにしている。

 

 この映画の最大の魅力、それは藤純子だろう。この当時二十五歳というのが信じられない。賭場での格調高い立ち振る舞い、ふっと伏せた横顔の色気。全てのシーンで美しい。

 この女彫り師・お京が、賭場に遊びに来た沖仲仕(港湾労働者)の高倉健演じる金五郎と出会うことで物語が始まる。賭場で二人の視線が交差するのをトラックインで撮った印象的なカットで、この二人の因縁が予感される。

 ヤクザに襲撃された金五郎をお京は偶然助けてしまう。山下耕作の演出は情緒感がありながら、暴力シーンの導入が鮮やかだ。高倉健が雨の降る夜を歩く。その傘にいきなり日本刀が叩きつけられる。傘の切り裂かれる鈍い音をきっかけに、橋の上で乱闘が起こる。

 

 自身の血を分けてまで男を治療し、そのうちにお京は相手に惚れ込み、彫り師として一生に一度の仕事をあなたの体に残したいと金五郎に願う。このシーンはまるで恋愛映画のようだ。小川のほとりで話しこむ二人の姿に、菊の花が彩りを添えている。

 堅気の金五郎だが、お京の「これを彫れれば、足を洗ってもいい」という言葉に心を動かされ、自身の体に昇り竜の彫り物を入れてもらう。

 この映画の登場人物たちが人を助けたり、戦ったりするのは誰かの心意気のためだ。ヤクザであり、地元の顔役であるどてら婆(荒木道子)や島村(鶴田浩二)が金五郎の味方についたのは、仕事仲間たちのために組合を作り、事業主たちと争おうとする金五郎の心意気を汲み取ったからだ。また、どてら婆が中立の立場を破って金五郎のためにヤクザとの手打ちの仲立ちをしてくれるのも、自らの命を捨ててまで惚れた男を守ろうとするお京の言葉に胸打たれたからであった。損得勘定で動かない。自分が惚れた相手のために身体を張る人間たち。

 健さんの周りには、そういった心意気を持った人たちが集まる。金五郎の妻・マン(中村玉緒)もその一人だ。藤純子に比べて化粧気のない顔をしているが、労働者たちを引っ張る気の強い女であり、時折見せる笑顔がキュートだ。

 もう一人、印象的なのが伊吹吾郎だ。天津敏の命によって高倉健を襲撃するヤクザだが、それは藤純子への密かな愛情を利用されたためだった。高倉健との静かな決闘、そしてラストの自分の気持ちを殺して頭をさげるシーンなど、短い出番でも強く印象に残る。

 

 全編通してシリアスな映画だが、笑えるシーンもある。そのひとつが遠藤太津朗の登場シーン。天津敏と同じく悪役かと思いきや、「労働者運動の運動家」という意外な役柄だ。しかし長髪にヒゲ、牛乳瓶のメガネと見た目のインパクトがかなり強い。初登場シーンでは高倉に「労働者たちが団結することが大事だ」と説きながら、おもむろに取り出したアンパンを貪り食う。やりたい放題だ。

 もう一つは資本家たちから退職金をもらうため、素人演芸大会という名目で決起集会を開くシーン。集会の音頭をとったどてら婆から、金五郎は急にスピーチを求められる。

 口下手な健さん、大ピンチ! マイクの前に立つが「えー、あー」と言葉が出ない。そのピンチを遠藤太津朗が颯爽と助ける。言葉に詰まる健さんに変わって、言いたいことを鮮やかに喋ってくれ、それを聞いて健さん「そうですタイ!」と調子よく叫ぶ。ちょっとかっこ悪いぞ!

 

 決起集会を襲撃され、どてら婆と仲間の労働者が殺されたことでついに健さんの怒りが爆発する。ラストの立ち回りは狭い室内を役者に寄ったカメラが動き回り、なかなか緊迫感がある。

 だが、最も印象的なのはその後の健さん藤純子の再会シーンだ。病気で倒れたお京の元に殴りこみを終えた金五郎がやってくる。部屋で臥せっているお京に、旅館の女将が「金五郎さんが来てくれましたよ」と声をかけるが、藤は部屋の障子を開けようとしない。そうして健さんを待たせて、必死で身づくろいをする。その間、カメラは藤純子の姿を見せず、障子が開くのを待ち続ける健さんを写し続ける。

「紅を‥‥‥紅を取ってください」

 病気で苦しみながら、愛する男のために綺麗な自分を見せようと必死になる女。ずっと自分を助け、追い続けて着た女を前に、男は何もしてやることができない。高倉健は噛み締めるかの様に、あるいは何かに耐えるかのように障子が開くのを待ち続ける。

 この待つ芝居で藤の病がいかに深いものか、そして高倉健をいかに愛しているのかがわかるのだ。実際に二人が顔をあわせる場面よりも、この会合の寸前の芝居に心打たれる。

 脚本を手がけたのは山下耕作の盟友・笠原和夫。山下とのタッグで前年は『博打打ち 総長賭博』を、この二年後には『博打打ち いのち札』と『女渡世人 おたのもうします』をモノにする。本作は任侠映画にいくつもの名作を残した黄金タッグの、まさしく脂の乗った時期の作品だ。