陽のあたる裏路地

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

『リズと青い鳥』山田尚子

 

 

響け!ユーフォニアム」のテレビ版も映画版も未見である。吹奏楽部や京都アニメーションにもそれほど興味はないが、友人にこの映画を勧められて鑑賞してきた。十分におもしろかった。そして予想以上に百合だった。

 

 本作は全体を通して、「静かな映画」いう印象が強い。演奏シーンを除いて派手な音楽は使用されず、心理描写にもあまり過剰な演出は見られない。

 その代わりに力を入れているのが音や人物の動きの演出で、特に印象的なのが序盤でみぞれと望美が待ち合わせし、音楽室へ歩いて行くシーン。セリフもほとんどないが、みぞれの足や視線の動き、望美の跳ねる髪やターン、そういった写実的な映像が魅力的で、見飽きるということがない。

 また、些細な生活音にもこだわっている。上履きと床の擦れる音、絵本のページがたわむ音などが臨場感を高めている。

 ストーリー自体も控えめで、劇中で大きなイベントはほとんど起こらない。舞台はずっと学校の中だし、主人公たちがプールや祭りに行くサービスシーンもばっさりカットされている。

 学校へ行き、授業を受け、吹奏楽部に通う。そういった当たり前の日常を通して描かれるのはみぞれと望美、ふたりの女の子の物語である。このふたりの関係が童話の『リズと青い鳥』になぞらえて変化して行く。その過程を映画は丁寧に掘り下げる。

 明るく友達も多い望美と、望美に依存気味で無口なみぞれ。ふたりの関係は予想以上に百合百合している。特に望美が向かいの校舎にいるみぞれを見つけ、フルートに反射し多光がみぞれまで届く場面。このシーンに漂う空気感というか、雰囲気は筆舌に尽くしがたい。

 

 本作は静かな映画だが、見終わった後にかなりの充実感がある。

 それは「大切なものが終わる」瞬間が、劇中で鮮烈に描かれているからだろう。

 そのひとつが終盤の演奏シーンだ。この演奏シーンもコンクールの大舞台などではなく、音楽室で大会に向けての練習という、視覚的に地味な場面だ。しかし、決して見劣りしない。

 覚醒し、完璧な演奏を見せるみぞれと、みぞれの才能に気づいてしまった望美。キャラの感情の変化と音楽の盛り上がりがシンクロし、すごく見応えのあるシーンになっている。

 

 そして終盤の理科室のシーンだ。ここはこの映画のハイライトだろう。みぞれは秘めていた感情を全てむき出しにして、ぶつかっていくが、望美は痛恨の決断を下す。 

 こういった場面でも、作り手はキャラを派手に泣かせたり、心情を叫ばせて表現したりはしない。ただ、キャラの細かい動きや呼吸音など、小さなディティールを積み重ねる。

 そういった細部のクオリティと、役者の演技を中心に構成することで、むしろシーンは力強いものになっている。

 ここでみぞれ役の種﨑 敦美、望美役の東山奈央 、二人の役者が最高の演技を見せる。

「みぞれのオーボエが好き」と言った時、望美は何を思っていたのか。「自分とは別の道を歩いてほしい」と伝えたかったのか。それとも「望美のフルートが好き」と言って欲しかったのか。

 今までとは違う世界を生きなければならない望美が、ひとりで廊下を歩いて行く。このシーンはかなり切ない。

 

 望美は「ハッピーエンドがいい」と何度か口にするが、この終わりはハッピーエンドなのか。本作では明確に描かれていない気がする。作り手はわかりやすい救いや愁嘆場を用意していない。

 ただ、主人公たちは前とは少し変わった日常を生きる。高校生の彼女たちにとって、今はまだ道半ばなのだろう。このあとも人生は続く。そうやって日常を続けるうちに、彼女たちの決断がハッピーエンドなのか、初めてわかるのかもしれない。

 ラストシーンで望美は「みぞれの演奏を支える」と言う。この言葉には決意が詰まっている。大事なものが終わってしまっても望美は立ち止まらない。また新しい関係を築いていこうとする。立ち止まらずに歩いて行くその先に、ふたりにとっての幸福があればいいと思うのだ。

 

 ちなみに、ネット上のいろんな人の感想文によると、見ている人によってみぞれと望美、どちらに感情移入するか分かれるようだ。自分は途中から完全に望美に感情移入していた。

 そのためか、終盤から頭のなかで「技術的な理由で聖飢魔Ⅱを脱退したゾッド星島親分」のことがぐるぐる回って仕方がなかった‥‥‥という信者にしかわからない話で感想文を終える。

 

悪魔が来たりてヘヴィメタる

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