日曜日には鼠を殺せ

観た映画や、読んだ本について書くブログ。ぬるっと始めたので詳細はまだ不明。

『マリアンヌ』

ロバート・ゼメキスの『マリアンヌ』は「映画を見た」という余韻にたっぷりと浸らせてくれる良作だった。

 

 

 

1942年、第二次世界大戦の最中に二人のスパイが恋に落ち、結婚して幸せな家庭を築いている。幸福の絶頂のなか、妻にドイツのスパイ容疑がかかる。妻の無実を証明するため、男はたった一人で調査を始める。

 

これまで人生は順調、奥さんは美人で子どもは可愛くて、仕事もうまくいっている中、突然自分の妻が敵のスパイかもしれないと疑いをかけられる。その瞬間、愛すべき妻の全てが疑わしく思えてくる。スパイであることが証明されれば、自らの手で処刑しなくてはならない。夫のブラピは妻の無実を証明するために孤軍奮闘することとなる。

 

主演の二人が好演で、ブラピはガタイが良くて軍服がよく似合うし、マリオン・コティヤールも美しい。

全編にわたって緊張感が持続する。特に終盤のピアノのシーンや、宝石商の店に乗り込む夫を妻が車中で見守るシーン。ブラピやマリオン・コティヤールの浮かべる表情のひとつひとつがサスペンスを高めていく。

 

妻がドイツのスパイなのか?ブラッド・ピットの妻への疑いへのサスペンスや葛藤が一番の見どころだが、意外にもアクションシーンも見応えがある。なんといってもステン・ガンである。ステン・ガンは当時のレジスタンスたちが愛用した、丸い鉄パイプのような外見の質素で小さなサブマシンガンで、とにかく性能は二の次で製造しやすさを優先させられた銃である。この安っぽい銃をブラピは作中にわたって使いこなし、それが無性にかっこいい。最近の映画で、これだけステン・ガンが活躍したものはないだろう(多分)。個人的にはこれだけで十分に映画代の元は取れた。

 

 

最後に二人がある決断を下したあと、妻が子どもへ残した手紙が読み上げられる。劇場ではこのシーンで泣いている人もいたが、自分はちょっとくどすぎるかなと考えるぐらいで、ここでは心を動かさなかった。そう思っていると、次の場面で自分でも思っていなかった形で涙腺を刺激された。

それは牧場の緑の中で、成長し何年分かの歳をとった二人が立っている後ろ姿を映した、数秒程度のごく短いショットである。そのなんのてらいもない、単純な後ろ姿に不意に心を突かれた。

どうしてその後ろ姿に感動させられたか。それはその後ろ姿が、映画では描かれなかった、ある欠損を抱えながらも続けられた男の人生を想像させたからだろう。それはかけがえのない大切なものを失っても、それでも人生を続けた人間の姿であった。たとえどれほどの打撃を被っても、生きることをあきらめない、人生を続けなければならない。どういうわけだか、そういった生きることへの肯定のようなものが、不意に自分の涙腺を刺激し、涙が流れる前にあわてて席を立つ羽目になったのだった。